年の節目を越す…冬至

冬至
この日が一年の終わりであり始まりでもある。

山暮らしを始めてから、日が出てる間にしか野良仕事をできないので、最も日の短くなる冬至を越すというのはかなり大きな節目だった。今日から活動時間が増えていくんだ!って。

何を基準に一年の数えとするか?
年末年始、相変わらず山に出て芝刈りに勤しんでる。

でも人々の動きは冬至よりも年末年始が節目である。
だから人里に降りるときは、そちらも考慮する必要がある。

自然のサイクルと世のサイクルは感覚にズレがあるんだ


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植えた種子に名を与えよう

こちらの記事から導き出された言葉、
なぜ鍬を振るうのか?

目的をもってすることで、無駄なくスマートに目的の叶う行程になることを自覚した。
意識。意識。意識することで、行程の持つあらゆる側面から、目的の部分に集中できるようになるんだ。

では、種を植える。
このとき、ただ種を蒔くのではなく、その種を植えてどのような実を生み出したいか。
未来のビジョンをしっかりもって植えたら素晴らしいのではないかと考える。

考えた。
そのビジョンを一瞬で生み出せる方法「種子に名前をつける」

これだ!と思った
精霊の贈り物

種はその種のもつあらゆる能力を内在してるが、
その種の目的に叶う名を与えることで、そのイメージが直に強化された実になるのだ。
これは、簡単に実証することが出来た。

 
福岡には「あまおう」という品種のイチゴがある。とっても甘い、そして大きい。
たぶん様々な品種改良を経て素晴らしいイチゴが誕生し、その姿に相応しい名を名付けたのだろうが…

 
順序が逆か???
ならもう一つ例をあげよ。

 
ナスを植える。
このナスは「炭火で焼くナス」と植える際に命名しておく。
植えた人は、炭火で美味しく焼かれるナスを想像して、種を蒔き、育てるのだ。
何度もその名で語りかける。そして売りに出される際にこのようなラベルを貼る。

品名「炭火で焼くナス」
説明(バーベーキューなどにどうぞ!)

 
商品を手にとった人は、普通にナスを買った場合と比較して、はるかに炭火で焼かれる率の増えるであろう。。。
ナスの行き着くあらゆる可能性の中から、望む結末に導かれていくわけでして。

 
それだけ、与える名前の影響力というのは偉大なのだ。
名前を与えることで、その種がもつイメージの特定の能力を明確にするのだ!!!

 

植えた人が、その品種の名前をつける。
田中さんのナスと鈴木さんのナスは違うように。味も異なってくるように。
植える人、その人その人が、自分の望む品種に予めプログラミングすることが出来る。

そして、そのとおりに成る。

 
わざわざ品種改良など考えなくとも、種はあらゆる可能性を内在する中から、植える人に、根付いた大地に応えるんだ。
種から種へ、世代を経る毎にその側面は強化されていくであろう。人種や家柄に特色が現れるように、その人独自の種ができあがる。

 
あと園を受け継ぐ際にも重要ね。先代は何を想定して植えたのか。
一般的な呼び名より、自分で名づけて伝えたほうが、より先代の意図を伝えやすくなる。

言葉を知らない子供たちに、これはトマトだよって伝えるより
「赤いほっぺ」って名前を伝えたほうがすっごいイメージしやすい。

色々な学術名に言えること。一般名称はしばしば馴染み難いモノもある。
自分で意識を持って名付けたほうが、後世代の子孫たちに、その種がもつ役割を伝えやすく成る!!

 

種子から植える。苗よりも種の段階で、より明確にイメージが強化できる。
植える瞬間に名前を与えるからこそ、自分だけのその種が誕生するの。
自分の庭園における彼らの役目を、名前を創造するのですよ。


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なぜ鍬を振るうのか

その行動に対し、前もって目的を自覚しておくと、望んだ結果にぐっと近づいていくのを実感した。

畑を耕し、畝を作る作業をしていた。

「なぜ耕すのか?」
「なぜ畝を作るのか?」

 
同じ鍬を振るう行動も、そのときの目的意識で仕事の質が変わってくるのを感じた。
自分一人のできることには限りがある。望む結果のために何を優先すべきか?

今、私が畝に求めていることは「一つひとつの作物を何処に植えるか、何処に植わったのか」を後から見ても分かるよう、目印をつけることだ。
私の鍬を振るう目的は、そこに集約された。

とすれば、私の鍬は、土をやたらと掘り起こしたり、雑草の根を綺麗に取り除いたりに労力を割かない、最小の力で自分の目的に結びつく鍬の振り方(畝を作る)をするようになる。そして事実、当初より無駄のない仕事ぶりを発揮できたわけです。

畝を作る

自分の意識を明確にするの大事ですね。
余計なことに気を取られん、もっと言えば畑のどの地点に何をどう植えるか明確な設計図を描いてたら、植えるそれぞれの作物に合った大きさの畝を迷いなく作れる、ただ畝を作るのとは大違いの結果が出せるわけでして。。。

 

マニュアルを見ながらだったり、人に教えてもらうままを模倣したり、では行き着かない領域を見ました。

自分で目的をしっかりもって行動すればよろしい。
これだけで、作業の効率は格段にあがる、身体も軽くなる、やる気にも繋がる。
余計なこと一切せんでよくなるからな。楽だよな。
一人での作業ながら、お陰で新月の種まきにも間に合いました。

 
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草刈りで土の状態を把握したから
太陽のあたる向きを考えながら、様々な作物をどう植えるか、予め思い描いて。

穀物のスペース、ナス科とキク科とセリ科のスペース、ウリ科とイネ科、香草のスペース、ベリーや果樹のスペース

畝
 
実際に土壌に印をつけながら、想像の世界を具体的なものにしていく。


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何もない寒さを体感して、優しさの温かみが視えた

たぶん、長い間見捨てられていたのだと思います。
土地の様子、山道の様子。人が通った気配がなく、藪が生い茂る。
農地は雑草がたくさん茂り、小さな林みたいになってる。
 
新しく越してきた私にとって…
そこは何もなく、自然の荒々しさそのままで
冷たい、目に見える動物さんの気配もほとんどない
 
 
そこに棲むはずだった人間の不在。伸び放題の草。
本来は愛にあふれた自然の姿の、その恩恵を共有できる生命がおらず、ただ自身の内に燃やさねばならぬ時。
いったいどんな気持ちで、どんな想いで、人との隔たりに生じた孤独を、感じていたのだろう。

今、その感覚の中にいる。
とても寒い、もうすぐ冬。
パートナーの居ない独り者の心地。

何も知らない、荒れた自然の中でポツンと居るのは
冷たさと、寂しさと、孤独感に打ち震えてしまうものでしょう。

 
都会で暮らしてた自分は、人間的に貧弱で。
最初の自然の有り様に、向き合う力がまだ足りなかった。

都会では、当たり前のようにぬくぬくとした生活を送ってました。
お店に行けば美味しい食べ物がでる、お金を払えば何でもできる。
その代わり、お金を得るために働かねばならないけれど。。。
 
世の中の経済の流れをみると、手近にお金を稼ぐ手段というのは不自然なことが大半で、地球にとって優しくなかったり、色んな製品が出まわる度に環境を少しずつ壊していくことを感じるようになって、そのジレンマをストレスに感じ、体調を崩してしまって…

 
今あまり十全とは言えない状態で、最初の敷地内の整備。

 
自分にも、土地にも、申し訳ない想いです。
こんなにボロボロにしてしまった。早く健康に成りたい。
土地さんにも、もっと色んな生き物たちが根付いて温かくなって欲しい。

 

山は寒く、時々山を下りて、人里でお世話になる機会がありました。
新参者の私に、色んな人が優しい眼差しで向えてくれた。

都会で、今まで人がいっぱいいる中では分からなかった。
優しさって、温かいんだなって。

 

今まで自給自足できる土地がない、何もできない。
お金が足りない。ないから稼がなきゃ。
でもどうして自分はこんな仕事しなくちゃいけないの??
やりたいようにできないの??

現状に不満をもちながら、それでも目標を持って進んできた今までの…
夢の土台を得るのに必死で、精一杯で、感じる余裕がなかった

こうしてやっと土台を得て、想定外に何もない環境を実感してみて、
そしたら周りの方々の優しさと、温かさが、わかるようになった。
それぞれの、温かい優しい気持ちを感じられるようになりました。

 
まるで星みたい。
電灯だらけで見えなかった優しい光が
何もない暗闇の中で、はっきり視えた。

 

色んな優しさの形があるんだなって思いました。
特に食べ物。食べ物の味。

ほんとうに、心のこもった料理は、食べると温かいのです。
本物の食材の味は今までも感じてたけど
「温かさ」というのが、こんなにも心と身体を癒やしてくれるとは…

山奥の冷たさを経験して、感じるようになったのでした。


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週末ダーチャ(半農半X)の考えは素晴らしい

土地を手に入れれば自動的に自給自足生活に突入できると思っていた。
実際は違った。先代から土地を譲り受ける上で、様々な想定外に対処せねばならぬことが明らかになった。

始まりの原野

土地そのものを居心地よくするために。
ゴミや要らない人工物を取り除くこと。
土壌を肥沃に育てていくこと。
小屋を建て、少しずつ暮らせる状態にすること。
水場の確保。 

これらを同時進行で、少なくとも数年は見積もる必要がある。

 
私の場合は、秋ごろに土地を購入、家や水場は最初から付いてたので(素晴らしい)
現状を見て次のような予定を立てた。

11月…家の周りの瓦コンクリ石拾い、大麦を農地一面に蒔く。
12月…農地の両サイドにマテバシィの苗木を植える、引き続き石拾い
1〜2月…石拾い…寒い、そろそろ終わって欲しい。。。農地はやることない、たまに実家に帰るわ
4月…陸稲の苗を育てる
6月…麦収穫後、陸稲を植える
10月…陸稲収穫??

 
大麦と陸稲は、藁で敷き詰めて土壌の基盤を創るためのもの(収穫できたら尚いいが)
両サイドのどんぐりマテバシィ苗木は、土地そのものの生命力(微生物の発酵力)を活性化させるもの(しかも実が食べれる!)

1年計画で、とりあえず土地の状態をクリアにすることを目的にする。
最低1年、、、新天地で即自給自足は出来ないわけだ。

 
とすると、土地買って移り住んで今の仕事をいきなりストップするのは愚かだと分かる。
私の場合、場所を選ばず仕事できる職種なので、ここは大丈夫だったが。

少なくとも今の仕事を続けたまま、何処かの土地を買って、休みの日や週末にふらっと赴き、現地の整備したり植えたり世話したりを無理なくするのが、調度良い塩梅なのだと思う。
こういった週末ダーチャの考え方はすばらしい。東京では、ほぼ同義のことばで半農半X(X=その人の職業)と呼ばれてるみたい。

 
そうして少しずつ自給自足の方向にシフトしていけばいい。
盤石になるまで何年かかるかは、土地の状態と当人の作業のペースによる。
それぞれのペースで、無理なく進めるのがいい。

 
といった暮らしぶりを親しい間柄の人たちに話したら、同年代の男性はけっこう羨ましがってた。
俺もこんなんしてみて〜って。男の人けっこうロマンあるよね。

それなら皆も週末ダーチャ(半農半X)してみると良いの(。0 _ 0。)ノ
農地とか山林は安いよ。貯金してたら仮登記でやる気があれば買えるよ!
そういったツテを、空き家や放りっぱなし農地の多い田舎で探すのですよ!!!

進むべきは夢の実現じゃ。


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