必要最低限の生活費を見積もる

都会の暮らしの便利な部分なんて、ほんの一握りだろうと思います。
TVは過去の産物だし、エンターテイメントの動画やゲームなんかも、今はネットでデータそのものをダウンロードする時代。
現物なんて、PCスマホで十分なわけですよ。

ネットの通信費。この業界に慣れた人なら。
ドコモauのキャリアではなく、こーゆーとこ使うのが主流です。

http://goldenflower.jp/homemaking/e-internet.html

 
 

世の情報源(発信源にもなる)はネット一つで十二分ですから(ただし活用の仕方で天地ほどの差がでるが…これはまた別問題だな)
ネット代+携帯代月に3000円。

あとは、日々の生活に必要な食費に関する部分と、水道光熱費、各種健康保険、そんで日用品諸々…と言ったところでしょうか。

と・こ・ろ・が・・・

必要なのは、ほとんど自前で賄えるんだな。
当初こそ、電気には依存しますが、PC携帯の充電とか。

水は、その辺で美味しいの汲めるし、田舎の水は美味しい。
生活用水は雨水を溜めて使う。ここも工夫が必要だけど、タダのようなもん。

薪を集めれば、素晴らしい薫りと温かな火が、これで煮炊きすると美味いです。
でも薪の準備に乾かすの何年かかかるそうなので、専ら電気コンロには頼ってますが。
水道代ただ、ガスは要らん。電気だけやんな。月数千円くらい。

家賃。田舎の相場は月数千円から1万もあれば昔ながらの空き家があるみたい。
自分は、山小屋くらしだからその辺はよく分からない。空き家状況にもよる。買うと決めたら物件は多い。
保険関係は2万から2万5千みとくべきか?たけーよな。こいつ。

食費は、自給体制整うまでは、そこそこ使うかも。月2,3万で余裕。これで贅沢。
まぁ、月5万強くらいです。ちなみに電気ストーブ使うと、冬は電気代1万いくかもだから。もうちょい。

1年目の見通しとしては、まずまずでは無いでしょうか。
山間の場所で月6万かせぐって、どうでしょうね。途方に暮れそうですね。

でもでも、此の中で食費はいずれ物々交換で済ませられる見通し。
保険関係を払わないことにすれば、すんなり電気代だけになっちゃうわけですよ。
ま、切羽詰まったら、余計なもの切り捨てる覚悟は必要ですわ。

結果、月1〜2万で生活できるようになる。現実的にね。
自給体制の他、スポット的にバイトできりゃ、どーにでもなるな。

まぁ、山間部やといきなりお金稼ぐの難しいじゃないですか。年金とか収められません。
ってなると、そういう人向けの免除制度あるんですね。遠慮無く活用すべきです。
無いものは払えん。故に無かったことになる。

まぁ究極ですな。そういう環境に行けば、自ずと余計なこだわりが消えて暮らしが楽になってしまいます。
体感すりゃ良さが分かるが、現代人が現実問題として実践する気になれるかどうかが微妙。一度経験するのは大事だと思うんすけどね。

人生の選択肢を広げる意味で。


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何年先を最大収益に結びつけるか

スパンというのがあります。
物事の視点、何年先を見据えるか?

社会の仕組み上は「年収」という概念で支配されてるような気もしますが…

例えば、水田の価値は1反あたりの収益を1年スパンで見てる。
毎年、毎年、その年の成績で判断するのが一般的ですね。

おかげで、周囲の仕事の在り方(都会のそれも含める)、何というか。
所詮1年先か、みたいな? 数年後の後始末を考えもせん。
稲作文化の弊害や。気に食わん。

えっと、一年サイクルは、作物の中でも一部分です。
生命は、何年もかけて育つのが大半。
樹とか、分かりやすい。

最初は視えづらいのに、何十年後かを堺にぐっと成長して素晴らしい実りをもたらしてくれるのもあります。

あ〜んまり短いスパンの見積もりやと、そーゆーの無視なんですよね。目先のサイクルに追われるようになる。だから今の人間いそがしい。

初年度は無理なく数万円程度の利益目標とか、生活ボーダーぎりぎりのラインを攻めるメリットはというと、
仕事量の大半を、未来の向こう側に持って行ける。。。からこそです。

経費0(に近い)お陰で、何をするにもそれなりに自由なので、自分の好きなことに集中できたり
何年後、何十年後に向けた種蒔の準備を、時間と気力の許す限り出来ちゃうわけですよ。

長期的に価値の認められる植物は、探せばけっこう見つかります。
現地の気象に合うやつもね。ま、成長に時間掛かったり、種の流通が微妙だったりもするけど。
そーゆーところを探り当てる心の余裕が、固定経費0やとのんびりゆったりイケます。

あと、経済価値だけやなくて、実際にその土地にもたらす恩恵というのは大きいね。
周りの動物、植物たちとのバランスとか、土壌の微生物にとって有益だったりとか。
そーゆーのが積もり積もって、何十年後かに作物の実りが素晴らしくなる。自然の生活リズムがそのサイクルに合う。と、何十年かけての恩恵にすっげー寄り添える。

密蜂さん戻ってくるだけで、でかいだろうなぁ。。

何が有益で、どういう配置やバランスが理想的で。。
っていうのは、試してみないと分からんし、まわりの環境とか土の状態とか気象にもよるでしょうが。

色んな要素が絡むので、もうど〜にもうぇるかむ。
色々遊べると面白いでしょうね。


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手作業やると、無駄がない

手作業は無駄がない。
というより、自然の中で手作業の範囲がちょうどいいバランスです。

ツール依存やと無駄にやり過ぎる面がある。

機械、ツールというのは、同じ行程の繰り返しを高速化する役割。
あるいは、力を大きくしてガーってやる感じです。
土地の上では相対的に、人間の力が強まったように感じます。

しかしその区画の、土地の能力には限度があります。
どんなに人が急かしても、自然のサイクルは変わらない。実りは1年に1回。

それだけやなくて。その地に宿る、水にも、風にも、光にも、それぞれの限度がある。

機械は単調な作業しかできんので、どうしても効率化すると単一作物に偏る。
が、土地のポテンシャルが日当たり9、水6、養分5とかに対し、その作物が日当たり2、水4,養分5までを消耗するとき
残りの土地力の日当たり7,水2が無駄になってしまうんですよ〜〜〜。。例えじゃ。

ていうのをバランス良くするために、畝の高低差をつけたり影になる部分と日の当たる部分を読んで、しっかりと環境の棲み分けをさせて、それぞれに好ましい作物を植え合わせる。とすれば、無駄がない。

あと手でやるほうが、土や水、光と風を読みやすい。実感として。


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経費0という究極

仕事するにあたって、絶対に赤字の出ないやり方が有ります。

「経費0」

基本は商売人なんで、(と言っても売る額ではなく、利益率重視)
まず実践すべき(近づけるべき)肝となるところですわ。

というのが実生活にも現れておりまして。
車なし、家は山小屋、水は汲んで、電気代とか基本保険料くらいな固定費。
一人の生活費、そんな掛からんのですよね。

年間に幾らの儲けを出せばいいか→「50万円」

月に5万円換算で、とりあえず行けるということです。
ああ、時給分である程度食費を相殺できるので、少し額は落ちるかもしれません。月3万くらい?
¥1000/1day 初期の農家さんとしては、子どもでもできそうな難易度ではないでしょうか?(ぶっちやけ、他所のバイトお手伝い料で足りるやんとか)

経費かけないなら基本、手作業になるわけですよ。
逆に言うと、手作業とか自転車で間に合う範囲しかしないということです。

やることが明確になる気がします。

重たいものは、運べません。乾物とか扱うといいですね。
農産物直に販売するよりも、ある程度日持ちするよう加工した方がよさげですね。
もちろん、その日多く取れた生鮮は出荷するとして…

小スイカ一個500円 トマト1p200円 キュウリ3本…

あ、お米。お米ですね。無農薬自然栽培米が都会だと800円/kgしましたね。
上手く作れると1反あたり9俵>(540kg?)らしい。これだけでラインはクリアですね。
まぁ、上手くいくまで時間掛かるでしょうし、そもそも稲をメインにするのか?というのもあるが。

基本は、手でやる。経費は種代くらい。
あとは、のんびりする。どうでしょう。
日が暮れてしまいますかね。

同時に、木や花も育てるんですけどね。

最初に全部手でやって、機械化できる部分で、もし周りに遊んでる機材があれば、使わしていただく。
運送に軽トラも、利益率との兼ね合いで採算があうようになってからでOK。てか必要か?

最初できる範囲のことから、徐々に徐々に慣らしていくのが、経営上望ましいと思っております。


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農家の心構えを学ぶ

現地の農家さんと触れ合って、仕事に対する真剣さ、作物への愛情、も、直に感じました。

自分みたいな、現場の苦労の字も知らん若造が、鍬の一つ雑草とり一つですぐ音を上げる半端者では、到底足元にも及ばないような。
大変な重労働を経て、農家さんたち「商品に出せる」立派な作物を育て上げて、出荷する。
そのお陰で、自分たちの目の前に食べ物があるし、今日を生き永らえてる。。。

自分は、農で生計を建てようと思いました。
すると、農家さんたちの抱く思いが、少し伝わってくるような気がしました。

「半端なモノは商品に出せない」です。

自給用なら「これでいっか〜」で済ませられるようなのも
商品棚に並べるのだと「傷一つ」「虫食い一つ」ついてない、立派なものを!と意識が行く。
なぜなら、それがプロとしての心構えだから。

自分の名がラベルになる(或いは集落名もかな)、その作物への責任は、全て自分に掛かって来るのです。
当然に、立派に実ったものを、最高の状態で、お客さんに提供したいではありませんか。

まぁ、苦節難局経て、商品棚に並ぶ頃にはなんですが…
都会にいた頃の「無農薬」とか「無肥料」とか求めるのとは、また別視点でのお話。

作物に対する責任と、農家としてのプライド、これで明日の糧を繋ぐって(食は命の基本やしな)
半端な仕事はできんし、そーゆー半端な気もちを持ち込まれるのは迷惑やし、やるならきちんとヤれ!と。

そうか。と、作物に向き合う真剣さは、心動かされるものがありました。

覚悟を決めてから、少し違った目で見れるようになったかもしれません。

自分は、何者だったのか。
ぬるま湯に浸かって、お金ぼちぼち楽に稼いで、生活の糧は他人任せで、のんべんだらり生活。
を実践しようと思えばできる位置に居ました。甘んじれば軟弱者で終わるっすね。

もし自分が、第一線を担う地元の農家だったら??
そういう過去の自分に対して、怠け者…と思うか。或いは。。。

ちなみに過去の自分から見た現場の人への感情は、記事に述べたとおりです。
すごいなぁと尊敬できる部分と、なんでかなぁと落胆する箇所と両方。

両方の視点から、自分なりの農地との向き合い方を形作って、皆と住みよい集落を築いていこうと思います。


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