猫にとって匂いは魔法

猫を飼うと霊感が宿るとか、第六感とか冴えてくるとか。

まぁ人間の見えてない領域を総評して(霊感)とか(第六感)とか言ってるわけで、それらにも様々な形がある。

だからこの場合「猫を飼うと猫の感性が身につく」と表現したほうが適切。

で、その内の一つは匂い。
猫は、匂いの粒子を色々に活用する。
匂いで存在を繋げてる。

自分の住処「場の記憶」を匂いの粒子として自分に取り込む。
食事をしたり、爪研ぎしたり、トイレを特定の場所にすることで、自分の匂いと場の匂いをリンクさせることができる。

家族と認めた飼い主の身体を甜めたり匂い付けするのも、自分と主の存在とをリンクさせるため。

そうするとお互い遠く離れていても、共通する匂いの粒子を通じてテレパスと似たようなことが可能になる。

私はうまく出来ないんだけど、猫は眠りながら、食べた生き物の記憶たか、場の記憶とか、主の気持ちや行動などを、夢に感じている気がする。

猫にとって居心地いいのは、場の匂いが純粋であることだと思う。そうすれば、自分の痕跡や場の記憶を読みやすくなるから。

この感性は、別サイトにまとめた乳酸菌についての効能を読むと理解しやすいかもしれない。

自分にとって望ましい匂いの粒子(乳酸菌のようなもの)で環境を満たせば、住処はとても綺麗!悪いもの寄り付かない、そして猫猫ネットワークでテレパスや夢見の能力も開花する!場の記憶を本のように味わう、楽しい猫的生活を送ることができるのでしょう。


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人間にとっての猫の役割

猫の役割、どないや?
現代の記録に残ってるのは、ネズミ捕りの目的とか、癒やしの動物としてとか、が主流。

人が役割をどのように見出すかで、それの価値も扱い方も変わる。愛玩動物としてみれば、猫もその程度の役割でしかない。

だが猫には他にない素晴らしい能力を宿してる。その内の一つを私は確信した。前回の記事で、猫は匂いの粒子を通じて存在と繋がることができると描いた。

猫は、場のテリトリーそのものと繋がることができる。ならば人間が自分の家と庭を持ち、その中で猫を飼うとどうなる?

なんと、猫を介して人間は土地との繋がりを一段と強化できるわけだ。
具体的には猫と一緒に寝ることで、土地の記憶を夢見ることができるようになる。

人間は主に穀物や菜類を食べる、猫はネズミやトカゲ、小鳥など、お互いに違うものを食べることから、お互いが別々な視点で得た土地との繋がりを、夢見で共有しちゃえるわけです!

そりゃ稲や作物の感覚は、食べて育てりや何だなく分かる気がしても、ネズミやトカゲや鳥とは疎い止まり。

が、猫はた園で駆け回ってそれらを捕まえて食べて自分の内に宿す。そして夢で彼らの感覚を知る。一緒に寝れば、猫を通じて人間も違うものを感じられるようになる。

土地の記憶、猫、鳥、カエル、昆虫、トカゲ、彼らの気持ちを。教えてくれる。

自分がどれだけの園を作れるか?
感性が豊富になればなるほど、色々な視点でより素晴らしいアイデアが浮かんでくるだろうと思う。

人間が園を手掛けるアーティスト
だとすれば、猫はプレーヤー。繋がることでお互い能力開花。


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人と飼い猫は腸内細菌が似通う?

猫は食べ物で変わる。少なからず人にも波及する。
見えないところで、猫は人の身体を補佐してくれているのかもしれない。食は重要だ。


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猫にとって食べ物は書物

食べることと寝ること。
猫にとって重要な行いである。

猫の世界感は、起きている現実より寝てる時に見る「夢の世界」の比重が大きい。

大方、食べたものによって夢見の内容が変わる。食べ物の記憶。その日食べた命の元は、どのような環境で暮らし、どのような物を食べて生きたか? どのような気持ちで我が猫のお腹に消えて逝ったか?

自分の場の記憶と重なりながら、夢で獲物の音の響きが大きく反映されてる。

猫は住処に居付く。
基準は自分の住んでる土地だ。人や仲間など二の次で、食べ物と寝床を育む土地こそが、生きるになくてはならないもの。自身と一心同体である。私と同じ、飼い猫との価値観が共通する部分。

猫は自分のテリトリーの中で獲物を捕まえて食べる。これが自然だ。身土不二が成立すれば、夢見の精度は大きく飛躍する。

すなわち自分の土地を知り、獲物を知る、テリトリーを把握しながら、充実した猫世界を描いていけるの夢の中で。

飼い主がもしこの事を見いだせたら、飼い猫も才を発揮しやすくなるかもしれない。


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キャットフードは好ましいか?

前途の理由により、キャットフードオンリーは猫の才覚を発揮しづらくすると感じてる。総合栄養食で、これと水だけあげてれば大丈夫だという保証、実際のところ不十分だと言わざるを得ない。

実例

ミルク一つとっても、温度如何でかなり変わる。猫にとって重要なのは、栄養バランスの側面だけではない。

それが何物であるか?
どのように提供されたのか?
どんな想いが篭っているのか?

同じフードでも、出し方とか環境の具合で全然別物になるわけだ。

すると、完全栄養を満たせばオッケーの価値基準で作られたペットフードの物足りなさが見えてくる。

環境は季節によっても天候によっても成長過程によっても変化する。
その時その時で、必要とする栄養は異なってくるはず。

なのに、思考停止で一日決められた量のキャットフードでいいのだろうか…

…謎

もし、このキャットフードの正しさを証明しようとすれば、住処がずっと一定の環境であること。同じ一日をずっと繰り返すこと、時間の流れを止めること。などがあげられる。

マンションの室内飼いを前提とした作りだ。それならば仕方ないとなる。
同じ一日の繰り返しで、気づけば寿命…現代の風刺画みたいに。

が、実際は一日として同じ日はない。

その土地で獲れる獲物だって、夏と冬では餌にしてる木の実や穀類だって変わってる、同じネズミを食べてても、中身はまるで別物。

この事を、猫は敏感に察知するだろう。
自分の領域を知るための食物。栄養だけでない。食は書物。

だから、出来ればその土地で自分で仕留めた獲物を食べてほしいと願う。
日々変化する食に、猫は何かを見出すのではないかと感じる。

生まれてきた意味と、人と共に在る理由を。


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