はい、被災地より中継です。
豪雨、災害規模。
悲惨、土砂の流れた下の町。
木、根張りの浅い杉いっぱい流れた。雨は勢いを増し、川は氾濫し、水と木は逃げ道を求め、局所的に水害が襲った。

少しポイントがずれただけで、平気なとこと悲惨なとこ。
水の通り道は何処?

田んぼが土砂で埋まった。
水は溜まって淀んだ。
水の通り道は何処?
もぐらは創る。地下への逃げ道。
笹も竹も、作ってくれる。
けれど去れだけじゃ足りなかったみたい。山は滑りやすく禿げたの。
同じ高さの木ばかりで、他に何もなかったから。水は一気に流れてしまった。
山林を再生する本を大雨の前日に読んでたので、水害の根本的な原因と対策法の一つを知りました、ここに書き溜めます。
参考
(図解これならできる山づくり)
山林、所狭しと植えられた材木用の針葉樹…大胆に間伐し、他の植物や樹木の生えてくるスペースを確保すること。具体的にはこの本の中に。
実践できる立場の人。
山林所有者
近辺集落の人々
山の事業に携わる人
麓の人たちも
協力して里山復活へ。
山暮らしだからこそ、私も住んでる近辺は一人でだって再生お手伝いよ。
被災地の復興と同時進行で。
むしろ現地の人や隊員さんを除き、人々は復興支援やボランティアに勤しむよりも地元山林の復活が何より先決と思われる。これで似の悲劇は救われる。
遠い支援より地元の里山再生。
一人が出来る行動から
皆が参加できる大きな流れへ
ゆくゆくは、日本全土が理想的な土地へ回帰。
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制約を外すとき、人は自由と崖っぷち立場を得る。
雇われの人は、無職だ。明日からどうするか?????
会社が倒産する時、社長は無職だ。明日からどうするか?????
家族の役割を放棄する時、自由だ。責任問題はどうするか????
そもそもが、他人や他者のシステムに従属して生きたことの精算が、解放と同時に始まるわけだ。
会社を2回潰してきた我が身としては、ずいぶんと遠回りしたものだと思った。
土地を得るためにお金を稼がなければならんと思い、とにかく稼ぐために法人化し、確かに必要なお金を得ることは出来たが、同時に失う財産も多かった。
欲しかった場所は、なんてことはない。。。既に地元の人にとって手付かずな状態で、伝さえあれば簡単に手に入るような感覚だった。土地を手に入れるためのお金…その思い込みが、余計なことをしでかした数年間だったと感じる。
法人、決算、給与、保険、会社法…税金管理
大きくビジネスを展開すれば、お金を稼ぐ仕事だけでなく、様々な制約が仕事時間をぶち壊しに繰る。
何もしなくてもお金がかかるように成り、元の木阿弥、利益を得るために走り続けねばならない。
自分から、ラットレースに巻き込まれに行ってるようなものだ。
これは個人事業から会社設立法人化と一段上に行った時の話。
結婚して家族を持ったり、雁字搦めの状態から子どもを授かったりも、童謡に厳しいだろう。
とにかく、他者の責任を自身が負ってはならんのだ。そのような生き方が地獄だ。
親となる責任を全うしているように見せて、生まれてきた子供に奴隷の生き様を見せるしかないとは悲惨な話だ。
子は子自身で生きるんよ。その子自身の人生だから。あーだこーだ制約は要らん。
人間の今までの制約。社会的地位がある人ほど、周りの目が多いほど、この重い制約から抜け出すには時間と根気が必要だと思える。
しかし、いずれ精算は果たさねばならない。自分が何者でもなくなったとき、そこからが本当のスタートだ。
常に、自分自身の生き方は自分自身で舵をとる。自分自身に対する責任だけでいい。
なぜ他者を指図できるであろうか、なぜ他者に制約を課すなどできるだろうか。
親子関係であってもだ。家族間であってもだ。生き様を自分自身に律する限り、言及はありえない。
人生は我がもの。思うままに生き貫くことよ。
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自然界で、唯一役割が定められてないもの。人間。
〜をしなければならない、というのは皆無。
〜をしなければならない、という人はいるけれど。
人は誰も、何者にも縛られることはない。
人が生きるのに必要な物は、もしも自然が目の前にあるならば
自ずから、そこに芽生えてくれる。大地が存在を許す。
私はそれを知らない。食べられる雑草を知らない。
赤ん坊のようにその辺にあるものを口に入れることをするだろうか?
スーパーで美味しいもの買ってくればいいじゃないか!
自分の中の思い込みが、自身に労働を課した。その内、この思考が染み付いて抜け出せなくなった。
働いてお金を稼がなければ生きていけないと。
人があっての仕事。
このとき、人は仕事を得るため他人に頭を垂れるように成り、
自身を奴隷に追い込んだ。
自身を奴隷に追い込むということは、そこに属する土地も奴隷に格下げされるということ。
見よ。出荷用の果樹園を!単一作物の砂漠で、農薬や化学肥料に苦しむその世。その中で人は働かねばならぬとは。。
人と土地は繋がってる。人は他人や社会に貸し付いてはいけない。
どんなに絶望的に見えても、今日からその辺の薬草煎じ茶だ。学ぶ。冒険する。
最初は思い切り。自前で糧を得られることに気づいたら、少しずつ楽になっていく。
人間に、生きるための義務などなくなる。ただ生きるだけでいい。地のモノは美味い。
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急に降り出した。
記録的大雨だそうだ。
水槽の水が溢れかえる。
何日分もの生活用雨水が一瞬で溢れていく。
ああ、少し前から徐々に降ってくれたら良かったのに…
または、何日分もの雨を貯めておける水場があれば良かったのに…
両方。同時に考える。
水の流れが、雲の動きが。
人は、天気をコントロールできる。
しかし、人間単体では無理やけ。
植物に、木たちに、風を生み、水を組み上げ、葉を揺らしてもらうの。
人が植えあわせることで、理想的な流れを前もって創り出すことができる。
相棒の猫さんは、木に登った。
木から木へ、小鳥や虫を捕まえて、その流れが、雲や水の流れのようにも映る。
彼女が見えない流れを映し出してくれる。
木や植物の高低差によって、水は緩やかに流れる。
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畑の土が目の前にある。理想には程遠い。
ずっと放置されてた場所、地面は固く、日光も十分ではない。
経験もほぼない。
種は他所から分けていただいた大切なモノだが、この地に、私の育て方に応えてくれるかは未明。
人参
レタス
トマト
セロリ
ナス
ジャガイモ
ほうれん草
牛蒡
サツマイモ
キュウリ
メロン
スイカ
ズッキーニ
冬瓜
カボチャ
ひまわり
トウモロコシ
枝豆
生姜
里芋
茗荷
ネギ
ハーブ類
。。。
同じ畑の一画でも、日なたと日陰、草の多い場所少ない場所、特徴がある。
思いつく限りの野菜の種を、調べうる限りの最良の地点と組み合わせで設計し、蒔いていく。
初年度からいきなり直播きした。その方がいいと思ったから。
けれども、どれが蒔いた種の芽で、どれが雑草の芽なのか、一年目だとよく分からない。
一応は、畝の真ん中に一直線に蒔いて、撒いた地点に刈った草を敷いておいたので、植えた地点の場所に出てくる芽を注意深く観察する。。
人から聞いた。
芽出しの最初、周りの草に負けやすいのだと。
だから苗で育てたり、除草を丹念にするのだそうだ。
私は、初年度から種蒔きのみで実らせたかった。手間を掛けたくない。
来年以降も楽できるように。来期以降は違うことに挑戦できるように。
果たして、初年度の種はいくつ応えてくれるだろう??
私のやったことがどれほどの実りをもたらすのか。
初年度、先代の土地に試されるわけだ。
出来具合で、私に許される生き方の裁量が決まる。
蒔いた結果は必ず出る。
それぞれの種がメッセージを返してくれる。
種は応える!
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- 日々の雑感, 菜園メモ
- 2017年04月10日