人糞は、家庭菜園でこれ以上ないほどの肥料ではないか?!

ある時にふと思った。
大きい方、これ以上ないほどに庭園の土の栄養分になるのではないかと。
(今の人間社会では、トイレに流している現状)

 
これまでの考察や記録を経て
一物全体という視点
スイカの種から芽が出た

 
スイカの例で考えてみよう。
芽のでた種は、食べた後に自然に出てきたものだ。
皮も同じ場所に埋められている。

ここに、スイカを食べた翌日の「大」を同じ土に排出することを想定する。

スイカの芽の群生
 

どうだ。

 
最初にスイカだったものは、
皮と種は土に還り
中の実も、人の身体を介して土に還ることになる。

最初のスイカが形を変えて、
その全てが土に還元され、
新たな芽吹きを見せるわけ。

 
もちろん、人間の身体に吸収された栄養分もあるだろうが、その人間が「同じ庭園の区画で過ごす」ならば、庭園の中でスイカのエネルギー全てが循環することになるではないか!

スイカの何一つムダがなく、まさに一物全体のバランスが庭園内で保たれることになります。

 

さらには、主人の体内の善玉菌などもそのまま土の成分と反応して、今の主人に見合った土の状態を見せてもくれるでしょう。腸内環境が良ければ、そのまま肥料に。しかし腸内のバランスが崩れていたら匂いがキツかったり、不快な思いをさせてしまうかもしれない。必要以上に虫も沸くかもしれない…(そうなると、発酵!!!!熟成!!!!を時間かけてせねば場そのものが傷つくだろう)

 
しかして、自分の生み出した大の結果を注意深く観られるようになり、結果として自分の身体のことや菜園のこと、土の成り立ちについて、もっと理解が及ぶようになるとも思えます。

 

土をいたわるためにも、食べるものに気をつけるようになる。
自分の生き方がもたらす結果は、こうして自分に還ってくるものであり、同時にこの庭園に関わる存在の中に記録され続けるのだ。

そう思えば、土と身体と、両方のためにも、もっと自分を大切にできるかもしれない。身体から出る要らないもの、疎ましいと思えるものも、彼らにとって大切な役割をもつのだと考察する。

 

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