キャットフードは好ましいか?

前途の理由により、キャットフードオンリーは猫の才覚を発揮しづらくすると感じてる。総合栄養食で、これと水だけあげてれば大丈夫だという保証、実際のところ不十分だと言わざるを得ない。

実例

ミルク一つとっても、温度如何でかなり変わる。猫にとって重要なのは、栄養バランスの側面だけではない。

それが何物であるか?
どのように提供されたのか?
どんな想いが篭っているのか?

同じフードでも、出し方とか環境の具合で全然別物になるわけだ。

すると、完全栄養を満たせばオッケーの価値基準で作られたペットフードの物足りなさが見えてくる。

環境は季節によっても天候によっても成長過程によっても変化する。
その時その時で、必要とする栄養は異なってくるはず。

なのに、思考停止で一日決められた量のキャットフードでいいのだろうか…

…謎

もし、このキャットフードの正しさを証明しようとすれば、住処がずっと一定の環境であること。同じ一日をずっと繰り返すこと、時間の流れを止めること。などがあげられる。

マンションの室内飼いを前提とした作りだ。それならば仕方ないとなる。
同じ一日の繰り返しで、気づけば寿命…現代の風刺画みたいに。

が、実際は一日として同じ日はない。

その土地で獲れる獲物だって、夏と冬では餌にしてる木の実や穀類だって変わってる、同じネズミを食べてても、中身はまるで別物。

この事を、猫は敏感に察知するだろう。
自分の領域を知るための食物。栄養だけでない。食は書物。

だから、出来ればその土地で自分で仕留めた獲物を食べてほしいと願う。
日々変化する食に、猫は何かを見出すのではないかと感じる。

生まれてきた意味と、人と共に在る理由を。

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